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おかげさま便り

水清ければ魚棲まず その四

この噺は、あくまでも、あの世でのことなんですからね。つい先だってには、閻魔庁に近い幕末横町三丁目でもって催された《四国同窓会》に呼ばれて、あたしゃ、龍馬さんと差し向かいで一杯やってたんですが、そこへ泣きっ面で飛び込んできたのが、なんと、我が国じゃあ初代内閣総理大臣だった昔の1000円札、もとい、伊藤博文さんでした。
さっ、坂本さんっ、おっ、おっ、お助けえっ」「チャチャチャア、伊藤さんじゃいか。生まれつきの泣きっ面を、血相変えて、いったいぜんたい、どうしたがぜよ」「たたっ、高杉さんがっ、たたたっ、大変なんですうっ」「また酔うたついでに桂さん、あいや、木戸さんやら井上さんらが怒られとるんじゃろう」「こっ、今夜は違うんですうっ。とにかくっ、とにかく早う来てくださいっ」「わしゃ、あの御仁を尊敬しとるだけに苦手なんじゃあ。のおの助さん、あんた、大好きじゃと言うとられましたのう。どうぜよ、ちょいとつき合うてくれんかねや」「ええ、もちろんですとも」てえことで、さっそく伊藤さんについていきますと、同町七丁目の居酒屋・奇兵隊という店の二階でもって、なるほど、ドンガラガッシャン!ガッシャ〜ン!の大騒ぎでしたよ。

安芸の宮島

わあ、さすが高杉さんだ、ハデにやってますねえ」「いやあ、たしかに気難しゅうて、酒ばあ飲んで四六時中酔うとられるんじゃが、決して酒癖の悪い人じゃあないんぜよ。むしろ粋で寡黙で上品な男なんじゃが、いったん怒らせたら、もう手が付けられんがじゃ、まるで火の玉じゃきにねや」「ささっ、坂本さんっ」「分かっちゅう、のおの助さん、上がるぜよう」「はいっ
こうしてドタバタアッと階段を駆け上がると、障子戸が破れてはずれた座敷では、お膳を蹴りちらかして、「離せっ、聞多あっ」と叫びながら地団駄踏む高杉さんと、その腰にしがみついて、「わしが悪かったんじゃけえっ、のうっ、こらえてくれやあっ」と泣き叫ぶ井上さん、後ろから羽交い締めして、「高杉いっ、ええ加減に落ち着けやあっ」と怒鳴る木戸さんがいて、あとは散々に殴る蹴るされたらしい男たちが、ある者は気絶し、ある者は放心状態、また、ある者は徳利をつかんでラッパ飲みしながら泣いてました。
天下に鳴らした長州男児がっ、なんちゅうザマじゃあっ。おおっ、高杉晋作は男じゃないんかあっ」まさに怒髪天をつくような坂本さんの大喝はすさまじく、それを鋭く睨みかえして一息いれた高杉さんは、「まさしく長州男児の座敷じゃけえ、おりゃあ、土佐の野良犬なんぞを呼んだ覚えはないけのう」と言いながら、身震いして木戸さんと井上さんを振り払い、乱れた着物をなおしてはドカッと腰をすえ、転げた徳利を拾っては耳もとで軽く揺らして、残っている酒を呑んでる姿が、またカッコいいんだからなあ。
坂本さんは、散らかったお膳や皿を足で掃き飛ばすや、高杉さんの真正面にアグラをかき、「土佐の野良犬いうがは」と満面の笑みをうかべてね、「うまい酒の匂いにゃあ、見境もないもんですきに」すると高杉さんはニヤッと笑って、「これが長州の美酒じゃけえ」と言いながら徳利を差し出しました。坂本さんは、「遠慮なく、よばれますぜよう」と、徳利を受けとって呑みほしましたよ。こちらも、さすがにカッコよかったなあ!
あいかわらず、ええ呑みっぷりじゃのう
しみじみ言った高杉さんは、「こりゃあ、利助え」伊藤さんを幼名で呼び捨て、
おんしが連れてきた客じゃろう、はよう下から一斗樽かついでこんかあ」「へっ、へえっ
まるで子犬みたいに飛び上がっては階段を駆けおりる伊藤さんでしたが、ドタドタアッと音がしたのは、どうやら踏みはずしたようです。

酒

今宵の騒ぎは、いったいぜんたい」と坂本さんが言いかけるや、高杉さんは忙しい。
笑みを消し、キッと眼を据えて、「どうもこうもあるかよ。おりゃあ、これから利助と聞多と桂の古巣へ殴り込むんじゃけえ。おう、土佐っぽ、乗りかかった船じゃ、おんしもつき合え
お三方の古巣いうがは、どこですろう
あの世【注※あの世では、この世のことを、あの世というから、ややこしいじゃあ、立法府じゃの国会議事堂じゃのと言うらしい
ははあ、先だってには薩摩街二丁目四番地の料亭・せごどん南州茶屋で、大久保さんが西郷さんに怒鳴られて、泣きながら土下座しちょったが
薩摩なんぞ、この世へ帰ってから袋だたきにしちゃるけえ。まずは、あの世のことじゃい
ちょうどそこへ、伊藤さんが一斗樽を背負って上がってきたから、間がわるい。

利助っ、聞多っ、桂も聞けっ。おりゃあっ、あんなもんを造るために暴れ狂うたんじゃないぞっ。いまじゃ国会と省庁とやらが総ぐるみでっ、国家万民を欺きとおしっ、目の前の利権を大陸にまで分配しながらっ、まさに日の本を食い潰しとるじゃないかっ。この体たらくの原因はっ、おんしらが初手から私利私欲にまみれた前例を山ほどつくった成れの果てに間違いないんじゃけえっ。これを黙って見過ごすオリ(俺)じゃと思うかあっ、のうっ、坂本おっ
「そう言われりゃ、わしも、こじゃんと情けのうなってきゆう。けんど高杉さん、殴り込みなら、いつでもできるがぜ。あの世の日本人も、これ決してバカやアホウばあじゃないんですきに。この先をどうするんか、いま少しの間、ちくうっと見守ってやっとうせや、こん通りぜよう」
けっ、さすがは犬猿の薩長に手え結ばせ、武力倒幕に躍起の連中をなだめて大政奉還を成し遂げただけはある。よしっ、おんしに免じて、せめて今宵は女を揚げて酔い狂うちゃる。利助っ、聞多っ、とっとと算段せいっ

へへえっ」「助かったあっ、太鼓持ちと金策なら任しとけやあっ
女も金も、おんしらの大好物じゃけえのう
げにまっこと、政(まつりごと)なんぞは清濁併せ呑む度量がないと成せんことじゃろうが、井上さんはナマスに斬られても死なざったほどの豪傑じゃきに、やり過ぎまいたのう
えへっ、なんせ若い時分から高杉の金庫番しよったんじゃけえ、閣僚を歴任するころにゃあ、つい他人の金と自分の金の区別がつかんようになってしもうとったわい」
なにい、オリのせいじゃと言うか
またまたあ、怖い顔すなや。誰も、そうは言うとらんじゃないか。けんど、おんしの桁はずれた放蕩三昧の帳尻合わせが、なみ大抵じゃなかったんは事実なんじゃけえ、のう、利助

そう言えば、もう長州藩がつぶれるか?!って瀬戸際に、長崎のグラバーから軍艦を買いつけるという高杉さんのお供したときを思い出しますよ。藩の大蔵を総ざらえして預かった5万両を、道中の下関で揚がった遊郭で使い果たして、しかも上機嫌だった高杉さんを見たときゃあ、(ああ、この人は本物の化け物じゃ)と分かって腰が抜けたんですからねえ
あれくらいで抜ける弱腰じゃけえ、終いにゃ、あがなアホウに撃ち殺されたんじゃ
まったく高杉さんの前では、我が国初代の総理大臣でさえ立つ瀬もありませんでした。
読んでくださった皆さん、いいですか?!くれぐれも、これは、あの世でのお噺ですよ。
えっ、・・・えへえ
伊藤さんは苦笑いしながら、また下の帳場へと使いっ走りにいきました。

喜多川歌麿・深川の雪

                                      深川の雪  『喜多川歌麿 画』

いえね、あたしだってウブで世間知らずな子どもじゃあないんだからなあ。
清廉潔白ってばかりじゃ政治なんてできっこないってこたあ、こんなバカなアタマでだって百も承知ですよ。議員と役人の世界じゃあ、金と利権が渦を巻いて、ときにゃ毒饅頭だと知っていながら食わなきゃならない、泥水だと分かっていても涙といっしょに飲み干さなけりゃあいけない、てえ場面もあるでしょう。でもって、いざバレた!となりゃあ、手のひら返したやつらに叩かれ、ののしられ、とうとう上からは無言で全責任を圧しつけられてさ、いやはや、ご苦労様、お疲れ様ですよ。

我が国じゃあ、このあたりのことは、もう大和朝廷ってのができはじめたころから相変わらずなんだからなあ。ウソだと思うなら、『十七条の憲法』を読んでみやがれってんだ。その当時なら官吏、いま現在でいうなら議員さんはじめ公務員の方々への戒めが、こと細かく書かれてるんだから。たとえば、公務にたずさわる者は一般庶民のお手本となる言動をしなさい、賄賂は受けとるなよ、ましてや賄賂によって法の裁きが忖度されるようでは国は成り立たないのだから云々・・・、って、いま現在の世界でも通用する訓戒が明記されているんだから。
ことに近ごろじゃあ、もう70有余年も前に、占領していたやつらが無理矢理こしらえた憲法なんだから、いまとなっては激変しつつある国際情勢のなかでも時代遅れに違いないんだから、もっとホントのこと言えば、とっくに改正しとかなきゃ独立国の憲法としておかしいんだから、たちまちは子孫たちの平和と幸福を守るためにも、我が国の未来を見据えた内容に修正しなきゃならないのは、これ当たり前だとも思ってますよう。
たとえば愛しい人と歩いてるときに、こっちが望みもしないのに、もうカンベンしてくれ!と頼み込んだって、むこうがヤル気で突っかかってくることだってあるんだからなあ。
この世ってところはねえ、決して、話せば分かる人ばっかりじゃあないんだもの。
いざ、その時にさ、愛しい人を見捨てちまっても自分だけが助かりゃいいなんてこたあ、こんなヘタレなロクデナシのあたしでさえ、まったく夢にも思わないよ。
どうにも勝てっこない!にせよだ、いっそ差し違えて死ぬ覚悟でもって、せめて愛しい人だけは守ってやりたい!それが、あたしの願う憲法ってやつだあ。

 

 

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